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 株式会社 IBLC

【035】グローバル経営における新規事業と研究開発

【035】グローバル経営における新規事業と研究開発

星島 時太郎

 人間の体は約60兆個の細胞から成り立っているが、心臓・脳を除き、およそ1ヵ月(皮膚など)~数年(骨など)で生まれ変わっている。人間が生きるということは、この膨大な数の細胞が古いものを捨て去り絶えず新しいものを作り出すことで成り立っている。
生命体と同様、企業においても創業時、せいぜい1-2個の事業単位であったものが、成長期を経て10以上の事業単位、大企業では100以上の事業単位となっている。事業の“発生期から成長期”では細胞分裂が進むように多くの事業が発生し大きくなっていく過程でその形態も変えて環境に応じたものに落ち着いていく。我が国の多くの企業が創業数十年以上となり、事業の成熟期となり新陳代謝が滞るようになっている。“成熟期”においても多くの企業が新たな事業を起こすことなく管理と売上の拡大に走っている。 “衰退・再成長期”には何もしない企業は衰退の方向に向かうだろうし、新規事業による事業の入れ替え及びM&Aによる規模の拡大、事業の入れ替えで再成長を図ろうとする企業もある。

 生命体では環境とは水、空気、食料、土地(気温とか変化要因もあるが)といったほぼ不変の要因であるが、企業体における環境は競争要因、政治、経済、人間の生活様式といった要因であり、予測が困難で容易に変化していく。そのため多くの企業が事業環境の激変で苦境に瀕することになる、昨今では倒産とは縁遠いと見られていた有名な大企業でさえ世間を驚かす倒産劇を演じている。

 企業活動の推移を戦後より総括してみると、1950-1970年代、特に製造業においては、その事業基盤を作るのに大いに国家戦略に依存した。第三次産業もこれら第二次産業の勃興に比例して成長することができた。国家戦略では大きくは所得倍増計画、製造業に限ってみれば新技術開発事業団、大型工業技術開発制度の創設があり、企業は開発資金を国に依存しつつ事業開発を進めることができるようになった。この時期に現存する多くの企業の事業基盤ができあがり、現在の企業の骨格となった。その後石油ショック等は困難な課題を乗り切り体質は強くなった。ところが1985年のプラザ合意で急激な円高となり、その後企業は海外進出をせざるを得ない状況に陥り、「グローバル化」の掛け声のもと日本の蓄積技術が東アジア競合国にわたり我が国の”競争力のある“技術は大いに減殺された。
 この間、国内事業所の増設は抑制され、1991年のバブル崩壊と相まって結果的にGDPの伸びは止まり、当然税収の伸びも止まった。(最近では人口減少が追い打ちをかけている)1990年以降の経済の長期低迷で国家戦略による研究開発は大学、公的機関での研究補助程度にとどまり企業を巻き込んだ大きな枠組みは出現しなかった。
海外における企業活動(特に米国、中国、EU)の中で得た利益を国内に還元することは制度上制約されており、日本に本社を置く会社が2010年当時得たCASHのほとんどが配当名目で総額わずか4兆円ほどであった。つまり連結決算で大きな利益は表示されても国内従業員の給与改善に使用できないのは勿論、国内研究開発(R&D)に投資する原資にも使えないという事態となった。

 またこの間、税金の使い道もそれまでの産業振興から社会福祉の充実へと変化していった。海外での納税の増加と日本国内での納税の減少という苦境の中、現在では税収(2016年約60兆円)の約半分が社会福祉関係支出と変貌していった。財政支出100兆円のかなりの部分が赤字国債で補填されることとなった。
 このような財政事情の中、企業への補助金は激減し自力で事業を起こさなくてはならなくなった。日本での国家戦略的な補助金戦略が消滅する中、1990年頃から中国、韓国では国家の積極的な資金援助で企業を支援し一部の事業分野では先進国を追い越すまでに成長した。東アジア勢の台頭で既存事業での競争力低下が明白になった現在、企業価値世界ランキングに日本企業の載る数は激減し米中企業が独占するTOP10にわずか1社という状況となり、開発分野での指標である特許出願件数も10位前後と下落している。

 このような日本企業の衰退はグローバル化によるR&D原資不足、競合する東アジアの台頭だけであろうか? 実は見逃されている要因がいくつかある。1997年以降に導入された会計制度(減損会計、有価証券の時価会計、キャッシュフロー計算書の導入)の導入で現在と将来キャッシュフローを生まないと判断される事業および開発テーマが整理され、資産が売却されるといった事象が多発し、戦後長く続いた長期開発を許容し事業育成を促す日本的経営を根底から覆し、研究開発の現場でも本来の研究の目的からは不要と思われるCF、ROEとかIRRとかの金融用語が跋扈するようになった。会計制度を国際基準(米国基準)に合わせる動機が何であれ、日本の開発マインドを大いに削ぐことになった。
 日本企業が“真面目に”新会計基準を導入し株主資本主義、政府が市場主義に走る中、2015年の統計だが米国の国家戦略R&D予算は46兆円(米国イノベーション戦略)、中国のそれは23兆円(これに加え国家M&A予算20兆円、中国製造2025)、韓国は6兆円(大企業への補助金がロシアに次いで世界第二位)となり日本は戦略予算でなく通常予算で16兆円にとどまり、結果これらの国家資本主義の国々は大きな成長を遂げ、これからも成長が持続するといっても過言ではない。
 東アジア競合企業の台頭といった事業環境の激変で日本企業はこの20年苦戦を強いられた。最近では資本主義の構造変化に加え、地力をつけた国々からインターネット、IoT、AI、スマートフォン、有機EL、ナノテクノロジー、電気自動車、自動運転、ドローンといった、戦う土俵の一方的な変更、いわゆるパラダイムシフトを仕掛けられ対策に追われている。
 日本政府はどうかというと、市場主義をかたくなに守り、WTO違反という影におびえ、いまだに税金投入による戦略的企業育成に二の足を踏み”官民ファンド“という形式で窮地に落ちいった企業の救済、あるいはベンチャー(アントラプラナー)に資本を投下するのみである。東アジアの競合国においては戦略的な新規事業、既存事業には大企業であろうとも躊躇なく税金を投入している。この結果、我が国の有力企業が価格競争力で敗れるケースが多発するも、経営の失敗という一言で処断されている。国家の補助による新規事業の育成といった枠組みはわが国では無いものねだりのそしりを受けるが、それでも一定のレベルに復活を希望したい。

 企業の多くは豊富なR&D予算を投じ研究を推進しているが、既存事業の研究、業際の研究、パラダイムシフト追従型研究が大部分で、次世代の事業育成のための研究は少ない。なぜ我が国の企業から“パラダイムシフト型”提案が少ないか?その原因を考えてみると次のいくつかの要因が浮かんでくる。あくまで新規事業のアイデアがあり、資金も人的資源もあるという前提だが。
・次世代型事業の研究にはリスクが伴う、新規事業の研究者がよく知っている事業推進上の”死の谷“を想像すると参入を躊躇するか開発の初期段階で推進力が弱まる。
・上長は自身の経験から既存事業からリスクのある事業推進に部下の優秀な人材を異動させることを逡巡する。
・優秀な企業人ほど過去の人事の事例、例えば昇進の遅れとか、幹部のほとんどが既存事業・管理部門出身である等の理由から新規事業に携わることを避けようとする。
 キャッシュフロー経営・成果責任制度下の人事・昇進でいえば既存事業型での成果「売上・利益」「生産性向上」が有利であり、新規事業では「経費」「キャッシュアウト」等不利な要素が多い。
 以上の要素の悪循環で自社内での新規事業開拓をあきらめM&Aで事業を拡大すると決めた企業も出現した。この手法を悪いとは決めつけられないがあくまで短期的な栄養ドリンクではないだろうか。

 事業環境の中でパラダイムシフト型提案が多くなされるということは、中核となる技術の大変換が起こるということである。すなわちその周辺技術を開発したり利用したりする新しい産業が成長し、社会インフラも大きく変貌、新規に構築される機会が来たということである。企業にとってはチャンスと捉えこの機会に新規事業に乗り出すべきだと考える。このような千載一遇のチャンスに企業における事業の新陳代謝を行い事業環境の変化に対応した強い体質に変化させていくべきであろう。さもなければ企業そのものが新陳代謝の対象となりこの世界から消え去ることになるのではなかろうか。

2017年12月1日

著 者:星島 時太郎(ほしじま ときたろう)
出身企業:三菱化学株式会社(現三菱ケミカル株式会社)
略歴:三菱化成入社、商品研究所炭素、合成ゴム研究を経て本社ピッチ系炭素繊維起業チームに配属、三菱化学産資取締役機能資材(アクリル、ウレタン)事業部長、常務カーボン・アルミナ繊維事業部長を経て三菱化学執行役員OPV(有機太陽電池)事業推進室長
炭素繊維協会副会長、炭素繊維補修・補強工法技術研究会幹事長、東工大非常勤講師、国立科学博物館主任調査員
専門分野:事業戦略、炭素材料、合成ゴム、炭素繊維・複合材料、アルミナ繊維、建築・土木材料、太陽電池、植物工場

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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