専門家コラム

【033】アルツハイマー病の早期診断と治療

神野 英毅

 〜 今日の最新の臨床検査と治療薬の開発状況最前線 〜

1.現代の医療における臨床検査の重要性
今日の医療においては、早期診断・早期治療による早期の回復を実現するとともに、医療コストの軽減を図ることが危急の事となっている。画像診断機器の発達、高感度化する臨床検査値の重要さ、さらにevidence based medicine の進化がこれらの事を可能としつつある。
医療技術も技術が発展すればするほどコストが下がることが重要であるが、最近の検査の動向と相まって、高い情報量、深い知識の積み上げのもとで医療コストとの兼ね合いの上で進化することが可能となった。
最近の検査誌 American Journal for Clinical Chemistry より出版されているClinical Chemistryや ASMより出版されているAmerican Journal Clinical Microbiology等ではこの傾向を顕著に伝えているので紹介する。
検査の対象としては人類始まって以来の微生物感染症、各種ガン、循環器疾患、糖尿病等の生活習慣病、パーキンソン病、アルツハイマー病の記事が多く、それらを如何にキャッチし病態の把握をするかで検査の多様化が進んでいる。その例として、起因菌を同定する感染症マーカー、ガンマーカー、循環器系のBNP値、PAI-1, 等の循環器マーカー、ビタミンD値の微量定量を行う骨マーカーが必要とされており、これらの検査値の定量性と疾患との関連が多く報告されている。
検査項目の多様化を横糸とすればこれらの測定を可能とする多くの技術の発達、医療機器化(具体的には CT、PET、MRI画像技術)が縦糸として発展している。
具体的な例として筆者の専門領域である、アルツハイマー症にフォーカスして以下詳説する。

2.アルツハイマー病の歴史
筆者がアルツハイマーの研究を始めたのは30年ほど前である。アルツハイマー病は1906年ころ当時ミュンヘン大医学部のクレぺリン教授のもとで研究を始めていたDr.アルツハイマーが最初に報告したものであり疾患としては比較的新しく120年程度の歴史である。筆者が研究を始めたころは、アルツハイマー病の特徴は神経原線維の変性、老人斑(senile plaque)の出現が特徴であった。当初、筆者らはタウタンパクのリン酸化が主たる原因ととらえていた。しかし、その後ハーバード大のDr.SelkoらがAβタンパクの老人斑の主因説を出し、多くの検査法の報告がなされて今日に至っている。
結局現段階ではAβの凝集による老人斑の出現で神経細胞の壊死、その分解代謝産物としてのタウタンパクの出現と、その周辺神経細胞のさらなる集団細胞死よりメモリーネットワークの崩壊であろうとされている

3.アルツハイマー症の原因と検査法
アルツハイマー症の従来型の検査はPET等による画像検査と髄液を採取し生化学的検査法である。ここで行われている髄液検査は患者さんに採取時に大きな負担があり、筆者は採取の容易な血液による生化学的検査法を開発している。
その根拠は現在わかっているアルツハイマー症の原因とその作用メカニズムにある。最近ではタウタ ンパクの神経原細胞の変性が多く研究され、結局現在のところアルツハイマー症は最初にアミロイドタンパク(A β)の一部が酵素分解受け、Aβ1-42のサイズに分解され、それが分子間会合をすることにより糸まり状の分子会合タンパクを生成し、Aβ1-42の会合体を形成し老人斑を発症し海馬領域の神経細胞の変性をきたし、周辺細胞の壊死につながり、その細胞を分解、代謝するためにリン酸化が起こり神経細胞脱落につながると考えられている。

4.アルツハイマー抗体医薬の開発状況
抗体医薬はコリンエテラ―ゼ拮抗剤系の薬剤と比較して、いまだ研究関発途上であり、現在開発中のものは以下の表に示されたものがある。

Amyloid 抗体はAβに特異的であり、これらの抗体をヒト型化することによりヒト投与が可能となり、アルツハイマー症のワクチン療法も可能とされている。近い将来これらの抗体の臨床応用が実用的となり、アルツハイマー症の克服もされてゆくことを期待している。

以上の研究から将来アルツハイマー症の早期診断、早期治療が可能になり、これらの科学技術の発達により老齢化社会の負の側面であるアルツハイマー病の対症療法、原因療法が十分に可能となることが期待できる。

* 筆者のアルツハイマー病の研究
Aβ1-42特異抗体の作成
現在、筆者らはこの Aβ1-42細胞の凝集体に対するモノクロナール抗体の作成に成功しこの抗体を用いて 髄液、あるいは・血液中のごく微量の脳細胞由来のアミロイドタンパクの微量検出、定量を行いアルツハイマー病の早期診断を行うことを目的にこれらのアッセイ法を医療診断として実用化しアルツハイマー症に対応するべく迅速診断、早期治療のプログラムを実現しつつある。しかしこの計画では血液中数pg/mlの定量感度が必要であり超高感度なイムノアッッセイの研究とともに開発が加速されている。
微量定量法
現在これらの超高感度イムノアッセイはSingle Molecular Immunoassay(SIMOA)法が大変注目を浴びている。この技術は従来我々の夢とされてきた、1分子の物質をImmunoassayで捉えようとするものであり、従来において抗体のラベル回数を増やすことによるものであるがその確実な操作法と計測技術により1分子反応を可能としている。
筆者論文
1) H.Kohno, T.Shimizu.,et.al. Combination of Specific Monoclonal Antibodies Allow Identification of Soluble Aggregates of Aβ1-42 by Sandwitch ELISA、Advances in Bioscience and Biochemistry. 2013,No.4,p63-66.
2) H.Kohno, T.Shimizu,: Monoclonal Antibodies against Large Oval Aggregates
of Aβ1-42.,J.Bioscience. Bioengineering.,Vol.115,No.2, p216-220,2013
3) H.Kohno,: Recent Advances in Diagnostics and Therapy in Alzheimer Disease, Advances in Marine Science and Technology, No.29 in press.

2017年9月5日

著 者:神野 英毅(こうの ひでき)
略 歴:総合化学会社にて医薬・診断薬研究
前 日本大学生産工学部教授
現 星薬科大学理事
専門領域:分子生物学 生物工学 医学・農学博士

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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