専門家コラム

【007】技術革新から創新へ

荒木 芳彦

昨年は、スマホの業績不振で今期赤字を見込むソニーが約1000人の人員削減を発表し、国内外に波紋を呼んだ。一方、パイオニアは音響・映像機器部門の売却に伴い国内外約1500人を削減し、東芝もパソコン事業の不振で900人を削減するというが、この二社はいずれも2013年度は黒字だった。また、40歳以上の社員1000人の削減を発表した日立化成も増収増益である。2014年に希望・早期退職者の募集実施を公表した上場企業のうち、エーザイ、三菱製紙グループといった大手企業も黒字だ。

会社が儲かっている今こそ、将来を見据えて不採算事業などを整理し、事業の再構築を図るというのだろうか。イノベーションは中国語では「創新」(新しいやり方)と言うそうだが、不採算部門の整理や人員削減が後ろ向きのリストラとすると、前向きのリストラが「創新」だろうか。リストラには悪いイメージが定着しているが、Restructuring、即ち再構築であり、必ずしも後ろ向きのみを意味しない。

総じて日本の家電メーカーは元気がない反面、布団クリーナーの新製品で売り上げを大きく伸ばしているのは韓国のレイコップ社である。日本のメーカーの盲点を突いた発想とも言われ、TVの4K化に熱心な日本と対照的だ。レイコップ社は医師の発想を開発のきっかけに布団クリーナーを造ったという。内科医として日々ハウスダストに悩む人々と向き合う中で「一人ひとりに対処するだけでなく、根本的に解決したい」と、医学的な知識や経験と最適なテクノロジー(決して新しくはない)を融合することで世界で初めての「布団クリーナー」を創ったのだ。

些か旧聞に属するが、高知工科大学の副学長だった水野博之先生は、日経産業新聞(2006/1/10)で「イノベーションを技術革新としたのは誤訳であり、この誤訳が、何か素晴らしい科学技術の成果が無いとイノベーションは進まないという錯覚を人々に与えた」とし、今こそ、松下幸之助の「二股ソケット」の方がイノベーティブであることを認識すべきではないかと仰っている。

日本のメーカーは、高度な科学技術開発こそ生きる道と邁進してきた。勿論、資源の乏しい日本では科学技術の振興は重要課題であり、必要は発明の母、発明は必要の母として成長を遂げてきたのだが、今やグローバル時代、新興国や途上国のニーズに目を向けて来なかったのではないかとの指摘もある。今日の社会が求めているのは、問題解決ではなく問題発見ではないだろうか。創新かつ持続的な科学技術立国の確立に向けて微力ながらIBLCを通して貢献していきたい。

2015年1月6日

荒木 芳彦(あらき よしひこ)
出身企業:新日本石油(現JX日鉱日石エネルギー)
略歴:中央技術研究所 研究管理室長・本社開発部 部長、日石テクノロジー(株)事業部長、中京油脂(株)取締役開発センター長、名古屋工業大学 非常勤講師、東京工芸大学 非常勤講師、成蹊大学工学部 非常勤講師
所属学会:日本化学会、日本油化学会、近畿化学協会
専門分野:石油と石油化学(中分子化学)、環境化学資源論、工学倫理
趣味:尾根歩き、カメラ、オーディオ



*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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