専門家コラム

【042】 光技術と共にあゆむ

細美 哲雄 

1. はじめに
古来情報の伝達には火が使われていた。烽火や松明での情報の伝達は、最も古い光技術の源ではないかと思う。その後電球の発明まで長い間火は人類が扱う唯一の光源であった。1960年代になりレーザ・LEDが発明され輝度の大きな光源が出来たことにより、光学機器の小型化、軽量化が可能となり、日本の得意分野でもあったので、光技術は飛躍的な発展を始めた。
筆者のレーザとの最初の関りは大学の卒論で、HeNeレーザをKDPの結晶で変調した通信機の試作であった。レーザ管はNEC製で出力は1mW以下だったように記憶している。レーザによりホログラム技術が進展した。1971年にパリ光学院に留学して見た月着陸船模型のホログラムは強く印象に残っている。30cm角の大きさのガラス乾板の向こうに映し出された再生像は迫力があり、その後の光の時代を感じさせた。パリ光学院には、歴史的なものが多く残っているが、マイケルソンが作った干渉計を見たときには、これがあのエーテルの存在を打ち消した装置かと一際感激を覚えた。高等専門学校で基礎的なフーリエ光学や統計光学など幅広い光学分野を受講することができた。また研修はインコヒーレントホログラムによる画像の差分検出の研究を行った。

2. 光ディスクの研究開発
帰国後松下電器に入社し、光ディスクの研究開発に従事することになった。HeCdレーザで記録された30cmのガラス原盤を、HeNeレーザで再生することから始まった。その後光ディスクはVLP、CD、DVD、BDへと発展を遂げることになる。これらの発展の基となったのは半導体レーザ・検出素子と非球面レンズそして回折光学素子(DOE)の技術であった。非球面レンズにより可動部の軽量化と小型化が、回折素子により制御信号を効率よく検出することができるようになった。
筆者は記録再生型光ディスクの光ピックアップ光学系の開発を主として担当した。またカッティングマシン(光ディスク原盤記録機)の光学系開発にも携わった。1990年に商品化された3.5インチ光磁気ディスク装置の光ピックアップは、検出光学系を固定し、平行光ビームを出射して分離した対物レンズへ入射させて制御動作させる分離光学系とした。それまでの光ピックアップを移送する光ディスクに比べ格段に高速のアクセスを行うことが可能となった。 1995年に商品化されたCDと互換性のある相変化型記録再生光ディスク(PDと呼ばれた)では、レーザと検出器を一つのチップの上に構成し、制御信号はホログラム化された偏光分離型のDOEをもちいた。これらの技術により当時としては小型の記録再生用光ピックアップを実現できた。
1997年に商品化された、DVD/CDと互換の記録再生装置では、3種類の光ディスクに対応する為に、DVD用とCD/記録再生用の対物レンズを軸の周りで回転させて切り替え、同時にレーザ光源を切り替える方式とした。当時はレーザ出力がまだ低く光学系の効率が課題であったが、後にレーザ出力が大きくなり余裕が出てくると対物レンズ上にホログラムを形成して焦点距離と収差を補正することが可能となった。 光ディスクが出現するまでの光産業はカメラや顕微鏡など生産規模も小さく、高い技術力を売り物にする家内工業的な世界であったが、光ディスクは光産業に大量生産という大きな足跡を残した。

3.光ディスク技術のその後
拡がる光技術
光ディスクの技術はプロジェクターやスキャナー、光学測定・検査装置などに広く応用されて広がってゆく。筆者はパナソニックを退社後、光技術のコンサルタントとして、小型プロジェクター、生体データ検出、可変焦点メガネ、OCT、レーザ照明、デジタルホログラフィー等の光関連技術に関わってきた。中でも商品化に一番近かったものは可変焦点メガネで、二枚のレンズを張り合わせ、その隙間部分に液晶を閉じ込めて透明電極で屈折率を制御するもので、技術的には完成し、社長デモをしたと聞くが、商品化の見込みがつかず、その後技術は他社に売り渡されて商品化されたと聞く。残念なことである。
光ディスク以降で最も大きく発展した光技術の一つは携帯カメラやスマートフォンであろう。光ディスクで培われた小型非球面レンズやDOE、検出器等の光学素子の技術が集約しており、一連の流れの中で発展してきたものと言える。

光学測定への展開
光ピックアップを開発するにあたり、光学部品の品質を検査する必要が生じる。記録や再生時のディスク基板は光学的には対物レンズの一部であり、ディスク基板の諸元の許容値は基板の厚さや傾き、屈折率に依存する。記録再生に必要な光スポットの特性を確保するために光学部品の収差等の許容基準を導出した。この基準に基づき光学部品の検査方法や仕様値をフィゾー干渉計で標準化した。当時社内の関連部署はこの高価な装置を揃えていった。
その頃、同僚のY氏が光ピックアップ技術を応用して超高精度三次元測定機(UA3P)の開発を始めた。被測定面をダイアモンドプローブでなぞり、そのプローブの位置を光学的に検出する優れもので、特に非球面形状の測定に力を発揮した。この装置は非球面レンズやその金型の仕上げ精度を測る業界の標準機となり一千台以上の売り上げを達成したと聞く。その後Y氏は恩賜賞や社長賞など輝かしい経歴を手にすることとなった。
その後、ホログラムとはあまり関わることはなく、印象に残るものとして多くはないが、筑波万博で見たロシアの秘宝をカラーホログラム化した展示や光ディスク初期に提案されたホログラムレコーダー等がある。最近になって筆者はデジタルホログラムに接する機会が出来た。画像処理が高速で出来るようになり、記録した被測定物のホログラムと計算用光のホログラムを作り、両者から参照光のデータを消去してコンピュータ内で被測定物のデータを再現するもので、データ処理の高速化が可能である。従来では出来なかった新しい応用として注目したい。

身近な光製品
家庭や身近にある光技術を使ったものは、結構たくさんある。光ディスクはもとより液晶テレビ、スマートフォン、LED照明、光ファイバー、リモコン、メガネ、ゲームなど光製品で溢れている。そして最近では血中酸素濃度が測定できるオキシメータも身近になってきている。また非侵襲で血糖値を測定できる装置など、バイタル応用機器の開発が進みつつある。 これらの基となるレーザやLED、半導体、光学部品等の光技術が基礎技術として大きく発展してきた成果であろう。

4. 今後への期待
光技術と共に歩んできた半世紀であるが、前述のように光技術は人間として最も古くから保有する技術である。人間の感覚器官の中で最も多くの情報を検出・処理する器官は眼であるから、眼と関連するものが多くあるのは当然かもしれない。人類は保有し扱う情報量に比例して発展してきた。それらのことを考えると、視覚に訴え、膨大な情報量を扱うVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、生体データの検出・可視化応用などの開発が進み、身近な光技術関連の商品が増えてくるものと思われる。今後とも光技術が人類の発展に密接に関わっていく技術として貢献することを期待する。

2021年1月26日
著 者:細美 哲雄(さいみ てつお)
出身企業:パナソニック株式会社
略歴:光ディスクピックアップ開発、カッティングマシン(原盤記録機)光学系開発、光学装置・素子開発、光学測定方法・機器開発、ホログラフィー開発、光学技術コンサルタント


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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