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 株式会社 IBLC

【040】パワーエレクトロニクス技術の根幹は

【040】パワーエレクトロニクス技術の根幹は

池防 泰裕

 現在パワーエレクロニクス技術は、我々の生活に必要不可欠な基盤技術となっています。では「パワーエレクトロニクス技術とはどのような技術ですか?」と尋ねると、皆さんはどう答えるでしょうか。きっと人それぞれ様々な答えが返ってくるものと予想されます。
これはパワーエレクロニクス技術が基盤技術のため、一般にはあまり知られていないこともありますが、一番の理由は、パワーエレクトロニクス技術のカバーする範囲が極めて広く、いろいろな技術分野の境界領域に位置する学問のため、人により捉え方が変わってくるためと考えます。
今日、パワーエレクトロニクス技術は、発電及び送配電などの電力系統、太陽電池・風力発電などの自然エネルギー分野、HEV・EVなどの自動車、新幹線・電車などの交通分野、エアコン・冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ・IH調理器・LED照明などの家電民生分野、非接触充電など携帯・情報機器、CT・MRIなどの医療分野、さらにこれ以外にも工場などの生産設備、ビル・オフィスなどの空調設備、エレベータ、UPS(無停電電源装置)、ロボットなど極めて幅広い分野で利用されています。

1.パワーエレクトロニクス技術の定義
学問的には、IEC(国際電気標準会議)でパワーエレクトロニクスを「電力工学、電子工学および制御工学の技術を総合した電力変換及び電力開閉に関する技術分野」と定義しています。
このように定義された背景として、パワーエレクトロニクス技術が世の中に登場した今から約45年前に、米国Westinghouse社のWilliam E.Newell 氏により、『電気工学には3つの主要な分野、即ち「電子(エレクトロニクス)」と「電力」および「制御」がある、パワーエレクトロニクスはこの3つの分野の境界領域に存在する技術である』とした内容の論文が発表されたことがあります。※1

この論文は、当時まだ学問の定義が定まっていなかった“パワーエレクトロニクス”について、一つの学問分野としての位置づけを明確にしようとした論文であります。特に論文中にある6つの予言は、その後のパワーエレクトロニクスの発展を知っていたかのような内容で、中でも6番目の“装置設計者と回路設計者、および異なる分野の専門家との間のコミュニケーションと協力”が重要であるという点は、個人的に“パワーエレクトロニクス”の根幹を示しているものと思います。またこの論文の最後には、異なる技術者間であっても共通の名前、“パワーエレクトロニクス”という言葉を使おうということで締め括られており、このことは様々な学問、技術を“パワーエレクトロニクス”という土台の上で議論できるようにした点で、その後のパワーエレクトロニクス技術の輝かしい発展を位置づけた意味でも非常に大きいものであったと思います。
例えばパワーエレクトロニクス技術の重要要素の一つとしてのモータにしても、産業用モータから電車、HEV・EV、家電製品、事務機器からロボットまで様々な分野で利用されており、そこで要求される技術は、電子・電力・制御工学の3つの工学分野に留まらず、機械工学、材料工学、化学工学、エネルギー工学、ロボット工学なども必要になっています。しかしすべて“パワーエレクトロニクス”という土台の上で、異分野の技術者同士が議論し切磋琢磨することができるようになったことで、他の技術に比べ応用範囲が広がり、新しい技術・アプリケーションを創出しやすい技術領域になったと考えます。

2.パワーエレクトロニクス技術の将来性
パワーエレクトロニクス技術の世界市場規模は2030年には現在の数兆円から約20兆円と大きな成長が見込まれており、国としても脱炭素社会を実現していくキーテクノロジーとして、日本の産業競争力上でも重要な分野と位置付けています。そのため内閣府に設置されています“総合科学技術・イノベーション会議”が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)※2 」において重要課題の一つに挙げられています。
【第1期】 「次世代パワーエレクトロニクス」2014年度~2018年度
SiC、GaN等の次世代材料によって、現行パワーエレクトロニクスの性能の大幅な向上を図り、省エネ、再生可能エネルギーの導入拡大に寄与し、併せて大規模市場を創出、世界シェアの拡大を目的として、①SiC(高耐圧化、小型化、低損失化、信頼性向上)、②GaN(ウエハ及びデバイスの高品質化)、③次世代パワーモジュールの応用(回路、使いこなし技術)、④将来のパワーエレクトロニクスを支える基盤研究開発(新材料、新構造等)の4つの研究課題が設定されています。
【第2期】 「脱炭素社会実現のためのエネルギーシステム」2018年度~2022年度
産学官連携の取組を通じて、温室効果ガスの抜本的排出削減に向けて早期に適用可能な基盤技術分野を特定し、社会実装を図ることを目的として、①エネルギーマネジメント(エネルギー利用最適化)、②ワイヤレス電力伝送システム(WPT)、③革新的炭素資源高度利用技術、④ユニバーサルスマートパワーモジュール(USPM)の4つの課題が設定されています。

これらのパワーエレクトロにクス技術の課題を解決していくため、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントによる取り組みが行われています。また大学や電機メーカーだけでなく、自動車、材料、電子部品メーカーなど様々なメンバーが、パワーエレクトロニクス技術の基に集いイノベーションの創出を図っています。
このようにパワーエレクトロニクス技術が要求される応用範囲は極めて広く、課題もアプリケーション毎に異なり膨大になります。しかしパワーエレクトロニクス技術の根幹は、境界領域の学問で異分野間の融合が容易に行われるという点であり、今後も様々な学問・技術または研究者・技術者を融合しながら新しい技術を創出し、応用範囲の枠を広げ成長を続けていくものと思います。
次にこのような異分野間の技術融合での具体例を、筆者が長年従事していました家電製品のパワーエレクトロニクス技術から、その発展の歴史とともに私見を交えながら述べたいと思います。

3.家電分野でのパワーエレクトロニクス技術
家電分野という狭い括りの中でも、エアコン、冷蔵庫、洗濯機などのモータ制御、IH調理器の誘導加熱インバータ、LED照明の高周波電源、コードレス機器の非接触充電、バッテリー技術などがあり、同じ家電のパワーエレクトロニクス技術という言葉でも、それぞれ異なった技術が要求されています。
ここでは特に家電製品に使われていますモータ制御に絞って説明したいと思います。家電分野のモータ制御においても例外ではなく、図2に示すような3つの技術を融合しながら発展してきています。①モータ(アクチェータも含む)、②インバータ(パワー半導体デバイスも含む)、③制御(CPU、ソフトウェアも含む)の3つです。そして家電製品が進化する過程で、これら3つの要素がお互い密接に関係しながら技術開発が進んできました。
まずモータですが、IEA(International Energy Agency)によると世界の電力消費の約1/2がモータで消費される※3 と言われています。また国内でも2005年における調査報告書※4 において、図3に示すように日本の総電力消費量9,996億kWhの内モータが約60%を占めています。中でもエアコン・冷蔵庫などで使用しているモータはその約2割もあり、早くから省エネ化が求められてきました。そのため家電分野において、モータの回転数を可変できるインバータ技術が他分野に先駆けて開発され、省エネ技術の柱として現在に至っています。

中でもエアコンのインバータ化の歴史は古く、1981年には世界初のインバータエアコンが誕生しています。インバータにより、空調負荷に応じ冷房・暖房能力を制御し省エネ化を実現してきました。当時のモータは、ACで駆動する3相誘導(インダクション)モータであり、またインバータ回路は、スイッチング素子にバイポーラトランジスタを6個使用した3相ブリッジで構成され、制御はV/f制御と呼ばれるものでした。このV/f制御は、スイッチング素子をPWM(Pulse Width Modulation)制御することで、モータに出力する電圧(Voltage)と周波数(Frequency)を一定の比で制御するという簡単なものでしたが、モータを高効率に駆動させることができました。このようにモータ・インバータ・制御の3つの技術の融合がうまく進んだことで、家電分野から短期間にインバータエアコンが開発されました。

その後1998年の改正省エネ法、翌年にはトップランナー方式が導入されました。家電製品では、エアコン・冷蔵庫などがその対象になり、省エネ化の技術開発が一層発展しました。
そのためモータは、磁石を利用したより高効率なブラシレスDCモータの開発へと進みました。しかしこのモータは駆動するために、ロータの回転位置を検出する必要があり、エアコンの圧縮機内部にはセンサを設けることができないことから、ここからインバータのセンサレス制御が開発されました。
当初は1回転中に無通電区間を設けモータの逆起電力を利用する矩形波(120度通電)駆動のセンサレス制御でしたが、その後電流波形が正弦波状になるセンサレス正弦波(180度通電)駆動へと発展していきました。この時期は制御技術がうまく融合して、ブラシレスDCモータの良さを引き出すことができ、エアコンの大幅な省エネに貢献しました。さらに制御技術は、CPU(マイコン)の高性能・低コスト化により、モータのトルクを発生する電流成分と磁束を発生する電流成分の2つを独立に制御できる高度なベクトル制御へと進化を遂げ、現在はセンサレス正弦波ベクトル制御も実現できています。
一方モータが高効率化されると、今度はインバータでのロスが顕著になり、インバータ回路でのパワー半導体デバイスもモータに合わせて進化していきました。初期のパワーデバイスは、バイポーラトランジスタでありましたが、その後低損失・高速スイッチングが可能なIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOS-FETが開発されました。そして現在では次世代パワーデバイスとしてGaN、SiCデバイスなどが実用化され家電にも採用され始めています。
このようにモータ・インバータ・制御の内1つの技術がある時代ではリード役になり、他の2つの技術が追いかけるといったように、その時代時代でうまく融合しながら発展してきました。

このような家電分野のパワーエレクトロニクス技術の歴史の中において、革新的な技術も創出されています。それはエアコンの圧縮機モータにおいて、1994年に実用化されました。このモータは磁石をロータ内部に埋め込んだIPM(埋込磁石)モータでリラクタンスモータとも呼ばれ、その後のエアコン圧縮機モータの主流になりました。
従来のブラシレスDCモータは、ロータ周囲に磁石を張付けた構造で、磁石トルクだけを利用して回転していましたが、このIPMモータでは、この磁石トルクに加え、ロータの鉄の部分を引き寄せる力(リラクタンストルク)もプラスすることで、総合トルクを大きくし消費電力を大幅に低減することができた画期的なモータでありました。ただこのIPMモータの性能を最大限に引き出すためには、磁石トルクとリラクタンストルクの両方をうまく制御する必要があり、実用化までは困難を極めたようです。
この圧縮機モータを開発したメーカの後日談※5 では、最初の研究開発段階は、大学との産学連携を図り理論解明を進め、製品化段階では圧縮機部門の部長をリーダー、電子技術研究所の研究者とエアコンの製品担当をサブリーダーとして、この下にモータ担当、インバータ担当が入る体制で開発を行い、短期間でこの新しい技術を完成させたと語られています。
この具体例は、パワーエレクトロニクスという土俵の上に学者、研究者や、機械系、電気・電子系、制御系の技術者が集まり、お互いの技術、ノウハウ、スキルをうまく融合しながら画期的な新技術の創出を短期間に図れた良い例の一つだと思います。

4.異分野との融合による新しい技術発展の可能性
このようにパワーエレクトロニクス技術が、現在も幅広い分野で応用され発展し続ける背景には、“パワーエレクトロニクス”という共通の言葉を持ったことで、いろいろな人がこの土俵の上に集まることができ、情報を共有することで課題を解決してきたことにあると考えます。
その意味でも“パワーエレクトロニクス”という共通の言葉を掲げ、1つの学問として位置づけることで、様々な学問・技術を同じ土俵の上で議論できるようにした先人の思い、努力には頭が下がります。
ではパワーエレクトロにクス技術は今後、どのような分野の技術と融合し発展していくのかを私見になりますが提言したいと思います。

個人的には、現在モータの世界が大きく変わろうとしていると思っています。それは材料工学との融合により、従来の形態を変えた全く新しいモータの可能性があるためです。
モータにおける設計・解析技術の中に電磁界解析がありますが、現状は2次元でシミュレーションを行っています。これは現在のモータ構造がケイ素鋼板を積層した円柱型のため、輪切りにした2次元形状の解析で十分なためです。またこの積層構造は、コアの鉄損低減の目的もあり現在でも主流になっています。
しかしここ数年、磁性材料の開発が進み、磁性材料を粉状にして固めコアにする“圧粉磁心”の技術が飛躍的に向上しています。※6,7,8 これにより従来からあるケイ素鋼板の積層コアでなく、一体構造のコアが実現できるようになりました。このことは2次元的なコア構造ではなく、3次元的なコア構造ができる可能性があるということで、例えば今までのような円柱形のモータ構造から、ひょっとしたら球(ボール)形をしたモータ構造に変わるかもしれません。
そうなれば従来の2次元シミュレーションから3次元シミュレーションの解析へと解析技術の変革も促し、今までの既成概念に囚われない自由な発想が生まれ、世の中に存在しなかった全く新しいモータ(またはアクチェータ)が出てくる可能性が期待できます。例えば、もし球形モータが実現できれば、ロボットなどの関節に360度全範囲に駆動できる新しいアクチュエータになるかもしれません。またL、X字型のような多軸モータや円錐形モータなど複雑な形状が考えられ、いろいろな可能性がありそうです。
さらに将来、ロボットなどが家庭に入りもっと身近な存在になれば、現在のゴツゴツとした剛性の高い構造からぬいぐるみのような柔軟な構造が必要になってきそうです。その時には材料工学はさらに進化し、柔らかい磁性材料で構成される柔軟モータなども実現されるかもしれません。
以上はモータと材料が融合したことによるイノベーション創出の可能性についての私見ですが、このようにパワーエレクトロニクス技術は、新しい技術があれば積極的に取り込み、そして新しい応用範囲を作り出し、今後も発展していくものと考えます。

5.まとめ
これからの日本にはイノベーションの創出が必要と叫ばれて久しいですが、イノベーションの創出には、異分野の融合が必要と言われています。その意味でもパワーエレクトロニクス技術は、技術領域の懐が深く、異分野の技術者を引き合わせやすい土俵を持っており、ここから新しい技術やアプリケーションが生み出される可能性は大きいと考えます。
例えば、ロボットの分野では機械工学との融合が必要で、あるいは生物学的な融合も考えられるかもしれません。またドローンの開発では、航空工学や流体力学なども必要です。さらに将来に目を向ければ、リニアモーターカー、ロケットの開発など、超電導、宇宙工学などの分野との融合も必要です。
世の中のほとんどの物はエネルギーを利用しており、そのエネルギーを扱うパワーエレクトロニクス技術は我々の生活において必要不可欠な技術であり、これからも様々な場所で使用され続け、持続可能社会を実現していく重要な基盤技術の一つになると信じています。
しかし懸念もあります、今後AI技術の進歩により制御や技術ノウハウのブラックボックス化が進み、異分野との融合が難しくなってきそうです。ただこの融合・すり合わせこそが、日本が得意としてきた文化であり、日本の優位性を示す一つの方法だと思います。その意味でもこれからの技術者もパワーエレクトロニクスという場をうまく利用して、積極的に異分野の技術者と交流し、意見を戦わせながら新しい可能性を追求して欲しいと願います。そこに新しいイノベーションの芽があると信じています。
今後もこのパワーエレクトロニクス技術の動向には注目し、この技術が異分野との融合を図る土台の技術として、ここから全く新しいものが創出されていくことを期待します。

2019年2月18日

著 者:池防 泰裕(いけぼう やすひろ)
出身企業:シャープ株式会社
略歴:電化商品開発研究所、要素技術開発センターにおいて、インバータ、モータ、電源回路などパワーエレクトロニクス関連技術を活かし、家電製品の研究開発に従事
専門分野:パワーエレクトロニクス技術、センサー技術、制御技術


【参考資料】
1)平地研究室技術メモNo.20080818 パワーエレクトロニクスの最も有名な論文の紹介
2)内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
3)Energy-Efficiency Policy Opportunities for Electric Motor-Driven Systems  IEA working Paper(2011)
4)電力使用機器の消費電力量に関する現状と近未来の動向調査  ㈶新機能素子研究開発協会 (2009)
5)ダイキン工業 情報誌「Challenge」 創刊号
6)圧粉磁心による薄型・高トルクなアキシャルギャップモータの実現  SEIテクニカルレビュー(第192号 2018)
7)次世代磁性材料「磁性鉄粉」への期待  KOBE STEEL ENGINEERING REPORTS ( Vol.65 No.2 Sep.2015)
8)東北大学 超低損失磁心材料技術領域 「NANOMET®」


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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