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【036】日本の再生医療

【036】日本の再生医療

栁沼 仲次

 再生医療実現への期待は、iPS細胞の登場以来、大いに高まっています。それまで、再生医療の中心と考えられていたES細胞は、本来ヒトになるはずの胚から取得されるため、倫理的な問題がありましたが、iPS細胞はヒトの皮膚等の細胞から誘導できるため、倫理的な問題はなく、再生医療の実現に理想的な細胞として期待されたのです。再生医療は、これまで行われてきた治療では治すことが出来なかった病気に、新たな治療の道を開き、根本治療に繋がるものとして、世界的にも注目されています。
 経産省の試算では、再生医療関連産業の市場規模は、2050年には世界で38兆円、日本でも2.5兆円の産業にまで拡大すると予想されています。筆者は10年ほど前に再生医療との係わりを持ち始めてから、その実用化に関心を持って見続けてきました。そこで、最近の再生医療実用化の流れと今後の展開について、私見を合わせ述べさせて戴きます。

1.再生医療実用化の最近の状況
 国内で再生医療製品として初めて承認を得たのは、自家培養皮膚「ジェイス」(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング:J-TEC)で、2007年のことでしたが、その後、暫くの間1品目のみの状態が続いていました。この承認も、世界で初めて承認された再生医療製品、米国Genzyme社(現在はSanofi社)の自家培養皮膚「Epicel」の承認から20年遅れての承認取得でした。2012年5月当時の世界の再生医療製品の開発状況を、図1に示します。欧米、韓国に比べて、承認品目数、治験数の両方において日本が大幅に遅れを取っている様子が判ります。

図1.世界の再生医療製品開発の状況(「再生医療の現状と課題」平成24年7月13日付 経済産業省製造産業課資料より引用)

 2012年にはiPS細胞の樹立成功の功績で、山中先生がノーベル賞を受賞しました。これをきっかけとして、国を挙げて再生医療を国の重点課題とする機運が盛り上がり、その状況の中で国内2品目目の再生医療製品、自家培養軟骨「ジャック」(J-TEC)が承認されています。2014年の薬事法改正で新たに再生医療製品が定義され、更に再生医療新法において使用する細胞の危険性に応じた分類が行われ、管理基準が明確となりました。また、再生医療製品に対応した、早期の条件・期限付き承認制度も採用されました。今では、世界で最も再生医療の実用化の体制が整備された、とも言われるようになっています。
 再生医療関連の法整備を受けて、翌2015年には再生医療製品として、他家骨髄幹細胞(体性幹細胞)由来の細胞による移植片対宿主病(GVHD)治療製品「テムセル」(JCRファーマ)および自家重症心不全治療製品「ハートシート」(テルモ)の2品目が承認され、現在では計4品目が再生医療製品として上市した状況となっています。この中で「ジェイス」、「ジャック」、「ハートシート」の3品目は自家(患者自身の細胞を採取、培養して組織を作製、治療に用いる)のに対して、「テムセル」は、他家(他人の骨髄幹細胞由来の細胞を治療に用いる)での治療であることが特色で、国内でも他家由来の骨髄幹細胞を用いた製品が承認されたことは画期的なことと感じています。これに続いて、新たな法体系の下、数多くの治験や臨床研究が実施されていますが、上記の4品目に続く、新たな再生医療製品の登場が待たれます。

2.再生医療に使用される細胞とその開発の現状
 再生医療に用いられている、あるいは用いられることが有望な細胞と、それらの特徴について表1にまとめました。表1は、右に行くほど多能性が高い細胞となっています。ES細胞以外の細胞では、自家と他家細胞での対応が考えられますが、自家の場合には、免疫の拒絶反応がないというメリットがある一方、患者一人一人に対する個別医療となり一品生産となるため、コスト高になるというデメリットも存在します。

・体細胞を用いた再生医療
 皮膚・軟骨を中心に多くの製品が存在します。皮膚の場合には、米国などでは他家細胞由来の製品も存在しますが、軟骨では製品の殆どは自家細胞を用いたものになっています。安全性が高く、限られた範囲の組織については、今後も再生医療の中心となって行くものと予測されます。現在、国内でも他家軟骨の開発が進んでおり、成功すれば市場の拡大が見込まれます。
・体性幹細胞
 札幌医大のグループの自家骨髄幹細胞(体性幹細胞)による脳梗塞治療が注目されます。10年ほど前、テレビなどで臨床研究の結果が大きく取り上げられていました。患者自身の骨髄から幹細胞を取り出し、培養して増やした後、点滴により幹細胞を投入するもので、実際に臨床研究で10人を越える患者の治療を行い、全ての患者で回復効果が見られています。その後暫く情報が途絶えていましたが、現在は最終段階の第3相の医師主導治験を実施しているとのことです。治験が成功し多くの脳梗塞後遺症に悩まされている患者さんの福音となればよいと思います。また、山口大学のグル―プでも、同様の方法で肝硬変の治療を行い、良い成績を上げているとの情報があり、こちらの進展も期待されます。
・Muse細胞
 2010年に東北大のグループで発見された多能性を持った細胞で、体性幹細胞の一部にと考えられています。マウスレベルの実験結果が報告され始めており、脳梗塞、腎不全のマウスの治療に成功したと報告されています。骨髄幹細胞と比較して、投与する細胞数が二桁程少なくて済み、拒絶反応の懸念も少ないとのことで、更なる進展が期待されます。
・iPS細胞・ES細胞
2014年9月に、世界で初めて自家iPS細胞をヒトの治療に用いる、理研神戸グループの加齢黄斑変性治療が実施されました。その後の経過は順調で、手術前の視力は維持されており、安全性試験としての経過は順調であるとの報告があります。視力について、明確な改善のコメントがないのが残念ですが。2例目の治療は遺伝子の異常が見つかったため自家iPS細胞を用いた治療は中止して、京都大学を中心に準備が進められているiPS細胞バンクを用いた、他家iPS細胞由来の治療に切り替えるとの発表がありました。
他家iPS細胞を用いた再生医療実用化の試みは、網膜上皮の他、パーキンソン病(京都大学、慶応大学)、血小板(東京大学)、心筋(大阪大学)等で始まっています。
ES細胞についても、倫理的な課題は残されていますが、今年治験申請が行われており、限定的ですが実用化に向かって進んでいるようです。

4.今後の再生医療実用化について
 日本では再生医療の実用化と言うと、全てがiPS細胞で実現できるものと考えるような風潮があり、国の研究開発予算配分もiPS細胞関連のテーマに偏っている印象があります。iPS細胞をヒトに世界で初めて投与した理研グループの臨床研究では、2例目で遺伝子の異常が見つかり、中止されていますので、iPS細胞の研究は完成の域まで達していないように感じます。自家iPS細胞を用いた検討が問題発生で中止となってしまった現状では、今後計画されている他家iPS細胞由来の検討も、難航が予想されます。自家細胞の場合、1症例5000万円~1億円と言われる、高額な治療費についての懸念も、他家に移行の背景にあったものと推察されますが、iPS細胞の実用化を着実に進める観点からは、自家で充分な検討を行い、全ての問題を解決した段階で、他家に移行すべきではないかと思います。iPS細胞に関する研究は、国の重点課題であるからこそ、実用化を急ぎ過ぎることなく、基礎研究を着実に行って、将来の飛躍に繋げて欲しいと思っています。
 再生医療を日本で定着、普及させて行くためには、従来の医療では根本的な治療法が提供できておらず、多くの患者のニーズの高い疾患についての治療法を提供して行く必要があると考えます。日本で現在要介護になる原因の第一位は、表2に示すように脳血管疾患で、その内の65%を脳梗塞が占めていると言われています。脳梗塞の後遺症に対する治療に関しては、前述の札幌医大のグループが医師主導治験を進めており、開発の最終段階まで進んでいます。他にも骨髄幹細胞由来の細胞を用いた脳梗塞後遺症治療薬の治験も複数進んでおり、これらが製品化できれば、後遺症に苦しんでいる人々のQOL向上に大きく寄与すると共に、産業化の促進も図れると思います。
 同様に、表2示すように、要支援となる原因の第一位は関節疾患で、その大部分は、軟骨が加齢に伴いすり減ることなどにより生じる変形性関節症が占めると言われています。現在、培養軟骨は承認されていますが、対象となる疾患は、外傷性軟骨欠損症および離断性骨軟骨炎のみで、変形性関節症は対象疾患となっていません。今後の技術の進歩により対象疾患の拡大、あるいは新製品で変形性関節症の治療が可能となれば、多くの関節痛に悩まされている患者を、根本から治療できることとなり、特に高齢者のQOL向上に大きく寄与することが期待されます。軟骨の再生医療用としては、体細胞(軟骨細胞)が使用されており、本課題には体細胞が使用される可能性が高いと思われます。
 以上のように、開発の進んでいる適切な細胞を用いることにより、再生医療をより早く、より多くの人々に届けることが優先課題であり、再生医療の普及に繋がるものと考えています。

 2014年に再生医療関連の法整備が実施され、国内の再生医療開発の体制は整いましたが、それ以降の承認は翌年の2品目に留まっています。法整備後に臨床入りした多くの再生医療候補品の開発が進行しており、最近、開発進展のニュースも見掛けられるようになっています。今後、益々開発が進んで、再生医療製品が続々と上市されて、再生医療の普及が進展することを願っています。

2018年1月6日

著 者:栁沼 仲次(やぎぬま なかつぐ)
出身企業:富士フイルム株式会社
略歴:工場、研究所で新製品開発を担当、その後、新規事業(化粧品、機能性食品、医薬品、再生医療)立ち上げに参画。J-TEC等への出資を担当。
元 再生医療イノベーションフォーラム事務局長

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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