専門家コラム

【027】樹脂系建築材料と火災安全性

安藤 達夫

樹脂系建築材料と火災安全性

はじめに
この時期日本の太平洋側は異常乾燥が続いていて、建築物の火災が相変わらず多い。火災安全性は建築材料の具備すべき性能のうちで最も重要なものの一つである。建築材料は建築物の使用者に身近なだけに、火災時の安全性確保は極めて重要である。これはいわば古くて新しい問題であり、最近の樹脂系複合材の開発においても「火との戦い」は永久の検討課題であろう。その意味では木材も「天然の樹脂系成型体」ともみなせるので、その火災安全性改善の事例には樹脂系材料の難燃化と共通するものも多いと思われる。
今日の主要な建築材料としては、木材、コンクリート、鋼材、ガラスが挙げられる。このうち木材以外は無機材料であるから火災には安全と思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。急激な加熱に会うと無垢のコンクリートは爆裂し、鋼材は飴のように変形し、ガラスは熱割れする。一方木材はというと、確かに燃えるが、太い部材は焼け棒杭となり、かなりの時間は加熱に耐える。木材が燃えやすいという概念は、かんな屑のように薄い、あるいはおが屑のように細かい、すなわち比表面積が大きい状態であることが前提である。昨年秋に東京神宮外苑でかんな屑をまぶしたジャングルジムが燃えて死者が出たが、もし角材であったならば、白熱電灯との接触程度ではたとえ焦げても、あのように急速に燃え拡がることはなかったであろう。
以下、現在建築分野で使われている樹脂系材料の火災安全性と今後について、木質材料との対比で展望してみたい。

木質材料の発展
日本では1970年代に、森林資源の保護と枯渇する建築材料確保のため「木材代替材料」開発の必要性が叫ばれたことがある。しかし現在では国産森林資源(特に間伐材)の活用が、環境保護と炭素固定(CO2削減)にも有効であることが認識され、国も新規木質材料の普及や木造三階建学校建築の火災安全性研究などを進めている。例えば最近注目されている木質厚板パネルには、CLT(直交集成板)、LVL(単板積層材)、ウッドALC(木製集成材)などがある。いずれも積層して厚手材料とすることで、木材の欠点である異方性や寸法変化をおさえ、また表面層に「燃えしろ設計」が可能で、火災時でも炭化が一定以上は進まず内部は保護されて構造耐力は保持できるという考えである。
確かに木材には他の材料には模倣できない温もりや感触があり、われわれ日本人には特になじみが深い。ただ現在の建築基準法では、木材をむき出しで自由に内装に使うことはできず、建物の使用条件によって「内装制限」に合致しなければならない。そのためにはどの材料も決められた燃焼試験に合格して等級付け(不燃/準不燃/難燃材料の大臣指定)を受ける必要がある。
最近では難燃剤を含浸した「難燃木材」が普及しつつある。難燃木材は確かに燃えにくいのだが、経時変化による長期の性能についてはまだ未解明な点があり、性能安定化のための検討が続けられている。一方森林王国の北欧ではすでに木造の高層住宅が建てられており、木材の防火性は難燃薬剤の含浸と耐火塗料の塗布で確保したとの報告もある。今後も国策や基準整備と相まって木質材料の建築分野への普及は加速すると思われるが、その裏にはこのような難燃化・複合化技術の発展があることを忘れてはならない。

樹脂系建築材料の発展
高度成長時以降の石油化学の進歩に伴って、建築材料にも多くの樹脂が使われるようになってきた。樹脂系建築材料には、軽量、加工性・施工容易性、均質などの利点がある。しかし当初は、燃える、耐久性がない、強度が低いなどといった欠点の他に「安物・偽物」のイメージが先行して、海外からの導入も含めて、長年多くの新規建築材料が「出現しては消えていく」ということを繰り返してきた。ただPVC(塩ビ)雨樋、PVC内窓サッシ、ポリカーボネート透光屋根、テフロン製テント膜材などは、時代の試練に耐えて生き残った材料の例である。しかし今日では樹脂の改質や複合化技術の発展、設計の工夫などで、より機能性を持った樹脂系建材が広く使われるようになった。
日本においては樹脂系複合材料の普及は、強度や軽量性を重視する航空機や車両の分野の方が早かった。一方建築材料分野では火災安全性に問題があれば、どんなに他の性質が優れていても使われる機会は極めて限定される。樹脂系建築材料の普及を阻む一要因として、「樹脂はどれでも燃えるから危険」というユーザー側の一般概念がある。しかし樹脂といっても燃焼性状は同じではない。例えば熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂では燃え方が全く異なり、前者が軟化・溶融してから燃えるのに対し、後者は炎と煙を伴って燃え炭化する。
樹脂系複合材料の難燃化/不燃化に従来から使われてきた方法は、力学的補強の方法とも共通するが、大きく三通りに区分される。
① 分散:樹脂マトリクスの中に不活性材料を分散する。
PVC建材はまさにこの典型であり、粉末炭カル(石灰石)を含有する。
② 改質:樹脂そのものの性質を化学的に変えて燃えにくくする。
化学的に架橋してウレタンをイソシアヌレート化するなど。
③ 積層:異種の材料と積層して一体化する。
金属面材&樹脂芯材のサンドイッチパネルはこの例である。

これらの技法を単独あるいは複数組み合わせることで、建材製造業者は燃焼性を改善した高機能性な樹脂系建築材料を産み生み出してきた。例えば発泡樹脂芯材系断熱パネルの利用は、建築物の省エネと屋内環境の快適性保持には最も有力な方策の一つであるが、芯材の火災安全性が疑問視され、なかなか普及が進まなかったのも事実である。また過去に一部の製造業者で自社の樹脂系建築材料(断熱材や樹脂サッシ)の防火性能偽装が発覚し、ユーザーから更に疑いを抱かれる結果になってしまったのは大変残念なことであった。

樹脂系建材の開発と基準の整備
最近ではこのような材料を用途別に建築システムで分類して火災安全性を判定し、悪いものは排除し、安全なものは利用を奨励しようという試験基準が整備・制定されつつある。例えば、各種樹脂材料(難燃木材、発泡断熱材、積層サンドイッチパネル、フィルム型太陽電池、厚付け塗料など)を用いた建築物外装システムの燃え拡がり性判定のためにJIS A1310-2015が新たに制定された。具体的には高さ約4mの外壁面を設け、下方の開口部から火炎を噴出させて壁面の縦横方向への燃え拡がりを判定する方法である。まだ法的拘束力はないが、諸外国の類似試験方法との国際調和を意識しつつ制定された試験方法であり、建材製造業界からは歓迎されている。
同じように建築内装用のサンドイッチパネルも中型模型箱(見付約1m角x奥行約2m)を用いて奥隅からバーナーで加熱することで、選択した材料及び設計(目地や部位別)による火災安全性の判定が可能になった。近く新規JIS試験方法として制定される予定である。このように樹脂系建築材料といっても、火災安全性能は千差万別で、このような基準整備や制定によってユーザーに安心して使ってもらい、建築分野での省エネや建築環境の快適化に資することができるようになることは大いに歓迎すべきと考える。
2000年の建築基準法改正で、例えば市街地の建築物の屋根であれば従来は不燃材料で作り不燃材料で仕上げる式の「仕様規定」だったものが、新たに飛び火試験によって燃え拡が制限された材料であれば使用可という「性能規定」になり、空気膜構造や屋根置き型の太陽電池などの適用に新たに途が開かれた。このような防火関連の基準が整備・制定されることで、高機能樹脂系建築材料もそれを順守すればユーザーに安心して使ってもらえるようになるであろう。一方建材製造業者側も樹脂系建築材料の利点を再認識し、積極的にPRに努めなければならないだろうと思う。

2017年3月14日

著 者:安藤 達夫(あんどう たつお)
出身企業:三菱化学/三菱樹脂株式会社(本年より三菱ケミカル社に統合)
略 歴:三菱化成 総合研究所研究員、米国三菱化学建材 技術サービス部長、三菱化学産資 商品研究所長、三菱樹脂 事業企画室 理事、東京大学 工学系研究科 学術支援職員、ISO/TC92(建築防火)国際委員、JIS A(建築)防火試験方法制定委員 など
専門分野:建築材料工学、建築防火

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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