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 株式会社 IBLC

【005】体外診断薬に携わって30年、そして未来へ

【005】体外診断薬に携わって30年、そして未来へ

笹嶋 政昭

体外診断薬とは何?

世間一般に、体外診断薬と聞いてピンと来る人は少ないようです。私自身、自分の出身母体や専門分野の説明に窮することも多々あります。体外診断薬(またの名を臨床検査薬。正式には体外診断用医薬品)は、その名の通り、「疾病の診断に使用する医薬品で、身体に直接使用しないもの。血液・尿便・唾液などの体液を体外で検査するために使用する試薬のこと」です。

最も分かりやすい事例としては、健康診断にて測定されるさまざまな項目、例えば肝機能検査などがあります(γ-GTP、ALT、ASTなど)。また、血液の検査(白血球数など)、感染症の検査(インフルエンザ、肝炎や性感染症をはじめいろいろとあります)、ホルモン検査(バセドウ病の検査や妊娠診断などがよい事例)など、「そういえば、そんな検査項目もあったな〜」と思い起こして頂けるかと思います。

今まで、検査といえば病院の検査室や専門の外部検査機関(受託検査機関)で行われることが一般的でした。しかし、最近では妊娠診断薬のように薬局で購入できる検査試薬も出てきました。今後、薬局で販売される検査試薬も、セルフメディケーション推進の一環として、その品揃えが今まで以上に拡充される方向で国としても推進しております。諸外国では、既にかなりの検査が病院に行かなくとも出来るようになっておりますが、ようやく日本も諸外国並になってくるはずです。

また、日本では「体外診断用医薬品」というように、検査試薬は「医薬品」の一部として取り扱われていますが、日本以外の国では、医療機器の一部もしくは医療機器そのものとして取り扱われているのが通例です。とはいえ、最近はヘルスケアの世界ではいわゆる規範の部分で国際ハーモナイゼーションが進んでおり、我が国でも、体外診断薬には医療機器に近い形での品質確保を求めております(ISO13485ベースのQMSによる品質保証システム)。

検査技術の基本

基本的に、検査技術は3つのプラットフォーム要素からなります。
「生物化学的・物理化学的な特異的な反応・捕捉(反応・捕捉系)」
「可視化(観察・検出系)」
「定量化や解釈(インフォマティクス)」
例えば、肝機能の検査で有名なALTなどは、「肝臓に存在する酵素が、機能障害で漏れ出てくるもの」を特異的な反応で種類と量を測りとることです。測定対象の酵素と特異基質の反応が「特異的な反応」です。肝臓から漏れ出てきた酵素を目に見える形で可視化することも、酵素と基質の反応で「色の変化」として取り出すことが可能です。この色の変化と測定対象の酵素の量は比例関係があることから、色の変化を定量化する指標として使えば、酵素量を定量的に測定できるわけです。つまり色の変化を量の変化として解釈するわけです。さらには測定対象の物質量の変化がと疾患の程度との関連付けデータ(例えば健常参考値=正常と思われる測定値分布)をもとにして、実際の測定データを疾病診断の補助として使うことが可能となります。

最近では、「より特異的に」、「より感度良く」測定するニーズが顕在化して、様々な体内の微量物質の定量(や定性測定)を行うことが可能になってきました。例えば、肝炎の抗原検査では、まず検査試薬開発の際に、肝炎ウイルス抗原に対する特異抗体を作製します(この抗体作製技術だけでも十分に高い価値があります)。この特異抗体が抗原を特異的に繋ぎ止めます。この複合物を可視化する手段として、最近では化学発光などのような光を使うようになっています。微生物検査の分野ではさらに高感度な検出系である生物化学発光も利用されつつあります。最近話題の遺伝子検査なども、結局は測定したい遺伝子に特異的に反応するような物質を使い、これを増やして可視化し、定量化するというプロセスは、古典的な計測法と何ら変わりありません。ある意味、測定系開発の概念はワンパターンです。

検査技術革新は技術融合から

検査技術は、他の分野の技術が応用・融合されることで、その進化が不連続に起きたという歴史があります。例えば、今では普通に行われている検査の大部分は「完全自動」で機器システムが行っています。機器システムによって全自動検査が実現した基盤技術は、まぎれもなくロボット技術です。つまり、検査法というどちらかというと「生物学的」な世界にメカトロニクスが融合したものが全自動検査機器システムです。

ロボット技術により自動化により高速化された検査診断手法では、検査手法構築に使用される生物材料の改良も伴っております。自動化された検査では、かなり手の込んだ検査手法でも、患者さん一人から取り出した検体を測定する時間は15分程度です。そうなると、15分以内で反応が完結する必要があります(現実的には7分程度で反応は完結しなければならない)。そうなると、生物学的な特異反応の部分が「ダラダラと長時間かかってしまう」ことは許されません。「さっさと反応する物質」を人為的に準備する必要があります。例えば、最近の検査でよく使用される抗体は、かなり高速に抗原と反応するものが選択されています。こういう選択技術自体が、従来あった研究分野の計測技術です(SPR法による反応速度論的な解析手法)。なお、肝機能測定などのようなもっと単純な検査では、さらに高速処理を行っていますので、検査結果を提示するための反応時間もかなり短いです。

一方、遺伝子検査で使われる「アレー技術」は、元々、半導体製造技術由来であることは有名です。それ以外にも高感度測定系に利用されている「微粒子」も、昔から検査診断技術として利用されていたわけではありません。古くは廃材利用が由来です。微粒子の多孔性=広い表面積ということで、生物材料と組み合わされ、生物反応の促進に有用であるというロジックで採用されたものです。最初はガラス製の多孔粒子が廃材応用として利用されていました。やがて常磁性鉄微粒子が使用されるようになり、多孔性という特性と、磁石で粒子が分離可能という特性が応用されて、簡便迅速で高感度な検査手法が確立していきました。今後も機能性微粒子技術や周辺技術は、検査診断分野における開発対象になるはずです。

最近の流行であるPOCT(Point of Care Testing)の主流であるイムノクロマトグラフィーは、昔から分析化学の世界で使われていたペーパークロマトグラフィーの応用です。そこに「免疫学的な検査手法(=抗原抗体反応を利用した検査手法)」と「反応促進と可視化の両立のための微粒子技術」が結びついたものです。クロマト担体も今では紙ではなく、ニトロセルロースが使われていますが、恐らくもっと優秀で安価な材料があるだろうと思います。POCTに関して言えば、今後はますます小型で高感度、迅速な検査診断手法が開発されるだろうと思います。試薬側の技術革新もさることながら、最近ではPCに使う赤外線マウスのスキャン能力をそのまま応用した、従来品の100分の1以下という極めて廉価で、かつ高感度な測定器も登場しております(残念ながらこれも米国企業が開発して製品化)。ここでも元々あった検査技術ではない技術が検査診断の市場に投入された事例です。

上述はいずれも検査診断技術における材料技術融合の重要性が示されている事例です。今後もさまざまな材料が開発されてくるはずです。特に日本はある意味、材料(技術)大国です。検査診断に応用されるべき優秀な材料をいかに見出し、今後の検査ニーズに応える検査測定の系を構築出来るか、そこに既存の技術を大胆に融合されることは、大いに期待できる部分だろうと思います。
こういう応用問題は、検査手法に用いる要素技術や基盤技術の特性を正確に把握し、かつ製品化ゴールに設定されるべき検査項目に求められる「検査と診断のニーズ」を把握し、製品イメージと検査プロセスのイメージを具体的に持てるかで、その解の適否が決まるようです。極めて個人のアイディアの出来不出来に依存する製品という側面もあります。

ヒトの検査診断技術は、言い換えれば「生物材料(生体成分)の計測法」の応用問題です。今後、発展が期待される再生医療技術分野や創薬支援技術分野において、検査診断と共通の技術基盤による画期的な計測方法も期待されております。昨今の医薬開発の主流になりつつある分子標的医薬の効きの良し悪しや副作用発現有無のような、一種の体質診断的な部分は、個人の特徴的な遺伝子や遺伝子産物(多くはタンパク質)存在の検出が有効です(コンパニオン診断)。

また、再生医療技術分野などに検査診断技術と同様の生体成分測定の応用を通じて、様々な医薬品開発のツールが現実化することでしょう。再生医療分野においては、ヒトの構成成分が試験管レベルで取り扱えるわけで、そこから生産される生体成分の分析や細胞形態や機能の計測自体、現在の科学技術水準では、それほど難しいことではないことは言うまでもありません。何しろ生体成分測定や形態観察という本質的な部分は、検査診断手法と何ら変わりません。

基礎研究用機器分析の診断検査への応用

最近のエポックは、従来、研究領域に存在していた機器分析の本格的な検査診断への応用です。「物質の種類と量をより正確に測定したい」というニーズに、ここ数年、「同時に多くの物質を検出・定量したい」というニーズが結びついてきた状況が顕在化してきております。これらの両ニーズを満たす手法として脚光を浴びている手法が、日本が世界に誇る質量分析技術です。今まで、本法は生物学の基礎研究用途では広く普及していましたが、これがようやく検査診断分野に導入されてきました。

ここで忘れてはいけないことが情報技術です。質量分析のスペクトルをみても、実はそれだけでは疾病診断(や感染源の検出)に必要な情報は何も出てきません。機器からアウトプットされるスペクトルがどのような意味を持つかということを示すデータベースの存在があって、初めて質量分析が検査診断に応用出来るわけです。極端な言い方をすれば、優秀なデータベースの存在こそが質量分析法を活かす要素です。そして、いかに正確に高速にデータベースと実測データを照合解析して、診断結果としてアウトプットするかが重要です。同じような膨大なデータベース解析技術が、ゲノムワイド(部分的な遺伝子の変異を観察するのではなく、遺伝情報が詰まったゲノム全体)の解析による本格的な遺伝子検査に活かされるであろうことは容易に想像が付きます。今では10万円もあれば数日で個人のゲノム測定は可能です。この測定機器はシーケンサーですが、計測された塩基配列情報(DNAの構造情報)がどのような意味を持っているかを知ることが重要です。今後、ますますシーケンサーは高性能化するでしょうが、いわゆる遺伝子解析データの意味をよく知ること、それを高速で解析して結果提出する技術の基本は情報技術です。

これ以外にもラマンスペクトル技術、磁気共鳴技術など、いわゆる研究領域における分析技術(磁気共鳴技術は無線送電技術でもある)が情報技術と組み合わされた形で検査診断分野に応用される日はかなり近いと思います。これらの技術は欧米では既に検査診断技術として実用化が始まっています。特に米国では画期的な基盤検出技術や生物材料確保、さらには画期的なプラットフォーム技術に多くの投資が集まります。その点、日本ではこういう事柄を考える人材も皆無に近く、かつ技術やこれから発する事業の価値を的確に判断できる人材もほとんど存在しません。この状況が一朝一夕に改善されることはないと思いますが、我が国における診断検査分野において、IBLCのような複合的技術者集団の存在が必要になってくることは確かでしょう。

検査試薬のビジネスの特徴

検査診断(のビジネス)の面白いところは、検体(例えば血液や糞便)の採取の時などの容器から、実際の検査試薬部分、データの処理部分、そして使い終わった試薬容器の廃棄までの各プロセスに、ビジネスの機会が存在します。中高年の皆さんに馴染み深い大腸がん検診試薬に付属する採便容器がありますが、これは単なる採便容器ではなく、検体中の測定対象物質(大腸がん検査の場合は、糞便中のヘモグロビン)を安定的に保つ役割をはじめ、糞便検体そのものでは測定しにくい状況を改善するための「検体の前処理」の機能までを背負っています。そして絶対に内容物が漏れてはいけない代物ですので容器の加工精度も重要です。実は、大腸がん検査試薬の出来不出来の重要な要素には、採便容器の質や使い勝手が大きく影響しています。こういうところにも材料技術、加工技術や保存技術など、既存の産業技術の応用の機会が隠れています。

今後、環境対応という流れを考えれば、検査容器(や試薬そのもの)をいかに環境配慮対応にするかなどの課題を解決する必要があります。なにしろ、一度検査をした試薬や容器は、滅菌処理後も感染性廃棄物になるのですが、素材の多くを占めるプラスチックは、滅菌後にかさばって廃棄しにくいこと甚だしいものです。ドイツあたりでは、試薬製品の入札の際に、プラスチック廃棄物の量が最も少ないものを選択するプロセスがあります。私もこの現場に立ち会ったことがありますが、テーブルに測定で発生する廃棄物を積み上げて、廃棄物量の多少を競う様は、ドイツの国情を色濃く反映したものです。まだコスト的、性能的には全く不向きな生分解性プラスチックですが、やがては試薬部材や容器に応用されていく日も来るだろうと考えます。

最後に

今まで、様々な技術融合によって、検査診断技術や周辺技術を世界市場に送り出してきました。今後、バイオ分野におけるニッチで、かつ世界的には急速に拡大している市場が存在する検査診断分野の技術と事業のエキスパートとして、オープンイノベーションの思想に立って、少しでも人類福祉向上のお役に立てればと思います。

2014年12月2日

著者:笹嶋 政昭(ささじま まさあき)
出身企業:極東製薬工業株式会社
略歴:全薬工業株式会社、チバ・コーニング・ダイアグノスティックス株式会社、日本メドトロニック株式会社、三菱化学株式会社、HTS Biosystems, Inc.、セルフリーサイエンス株式会社、極東製薬工業株式会社取締役執行役員研究開発部門長・事業企画部門長、東京工業大学大学院理工学研究科 非常勤講師
専門分野:医療機器、材料科学、バイオ機器、事業開発、海外事業

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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