専門家コラム

【003】クラウドとデータアーカイビング

今中 良一

近年、クラウドコンピューティングがあらゆる場面で活用されるようになってきた。クラウド上で何でも処理し、ユーザのデータも記憶するサービスを行うシステムを構築するときには、データサーバが必要である。2012年12月にIDCが発表した2020年の全世界のデジタルデータサイズは40ZB(ゼタバイト:ゼタは10の21乗)に到達すると予想されている。

この時、クラウド用データサーバをマネージするためには、24時間365日稼働するHDD/RAID(固定磁気ディスクを並列運転するストレージ装置)を保守管理する必要があり相当なコストが必要になる。もし政府研究機関がクラウドにデータを預けていた時に、どこかの大臣が、“このストレージの予算は仕訳により執行停止だ”と叫んだとたん、貴重な科学技術のデータは失われてしまう。そのためかどうか、貴重なデータをたくさん持っている政府系の研究機関は光ディスクにデータを保管し、科学のきらいな大臣に“この組織は解散だ”と宣言されても、100年くらいはデータを安全に保管でき、執行猶予期間を生き延びる仕組みを備えている。

これはHDDが消耗品であり、いつ壊れるか予想できないためである。 データサーバにおいては、HDDを複数接続し、規定以上のエラーを発生したHDDを次々と新品に取り替えてくことが求められる。また、HDD/RAIDの製品寿命は4-5年であり、4-5年ごとにデータサーバ全体を新しいものに入れ替えた上、記録されているデータの移行を実施している。そのため情報の保存のためにはHDDを連続運転するエネルギーとデータ移行のシステムが必要となるわけである。これはストレージ屋さんのビジネスモデルとして定着している。しかし最近になって、電力消費の増大などが低炭素社会の実現に相反する点が指摘され始め、保管するためのエネルギー不要の大容量光ディスク・テープをサーバ用ストレージとして再認識する動きが出てきた。

文字が人類の歴史に登場したのは、紀元前である。文書は文字によって表現され、文字を記録することによって文書が保存される。紀元前4000年のシュメールでは粘土板に文字を手書きで彫り込み乾燥させて文書の保存を行った。紀元前3500年、エジプトにおいては、パピルス上に油煙で作ったインクにより文字を同じく手書きで記録し、保存した。平安時代には和紙に墨で文字を書き、源氏物語などが作成され、写本によってデータマイグレーションが行われ、現在も読むことが出来る。

このように昔から文書の保存にはエネルギーは不要であったわけであるが、クラウドなどに情報を記憶させて利用する世界ではまるで事情が異なる。もしも現在のクラウド世界のまま、地球規模で停電が起こると人類の文化遺産である情報は数カ月を待たずに大半が失われてしまう。

HDD/RAIDとテープ、光ディスク媒体を用いて1PBの情報を1年間保管したときに排出される炭酸ガスの量を試算してみると、HDD/RAIDにおいては、連続通電が必要なことから電力消費量が多く、リムーバブルタイプの媒体に比べると排出される炭酸ガスの量が非常に多いことがわかる。(下図参照)この理由で、アーカイブ・バックアップ用途として光ディスク、磁気テープが再登場した。そして、HDD/RAIDによるサーバが4-5年ごとに入れ替えられた時には、アーカイブするデータを新規のサーバにコピーするのではなく、光ディスクなどのリムーバブル媒体をサーバストレージに用いるシステムが再検討され始めている。

炭酸ガスの排出量比較

炭酸ガスの排出量比較


光ディスクはBD(Blu-ray Disc)が市場導入され、ハイビジョン記録が可能になったことから、民生用途としては、記録容量に対する要望が一段落したかのように思われている。懸案の寿命に関しては、すでにパナソニックにおいて、記録型BDの寿命が50年以上の製品を発表している。また日立は京都大学と共同で耐熱性や耐水性に優れる石英ガラスにデータを記録する技術を開発しており、1,000℃で2時間加熱しても保存データの劣化がないことを実証済みで、3億年を超えるデータ保存に耐えうることを先日プレスリリースした。

ますます大容量化していく医療用画像、さらにはシーケンサーによるゲノム解析結果のデータなどを記録するには1ユニット当たり1TB程度で長寿命の光ディスクが必要になってくる。低炭素社会を実現し、後世に情報データを確実にアーカイブして社会文化を伝承していくためにも、今後の光ディスクの進歩に期待するところ大である。

2014年10月24日

著者:今中 良一
出身企業:パナソニック株式会社
略歴:DVDプレーヤの商品化、パナソニックメディカルソリューションズ設立、メディカルITコンサルティング取締役
研究開発実績:半導体レーザを用いたプローブDNAの作成方法の研究、手術シミュレーション・ナビゲーションシステムの開発



*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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